翻訳メモリーを使う案件では翻訳者の力量は問われない?

ある翻訳会社のプロフィールを読んでいたら、「翻訳メモリーを使うような案件ではなく、翻訳者の力量が問われる分野の翻訳が得意である」という記述がありました。えーと、翻訳メモリー(TM)を使う案件では翻訳者の力量は問われないのでしょうか。「力量」の意味を国語辞典で調べると「能力の大きさ」などとありますが、TMを使うような案件は誰がやっても同じと言いたいのでしょうか。確かに、「ダイアログを開く」系の操作手順は誰が訳してもだいたい同じだし、ファジーマッチの訳をTMから取得して差分を訳文に反映するという力仕事もあることはあります。でもそんなのばかりじゃないんですけど。ソースクライアントからの指示書には「初めから日本語で書かれたような自然な訳文で」などと書かれていますし。原文の意味を正確に、簡潔に、わかりやすくターゲット言語で表現しなければならないのは、ツールを使う場合でも変わりません。
そういえば、別の翻訳会社のWebサイトで「専門としているのは画一的な翻訳をする分野ではないのでTradosは使わない」という意味の記述を見たことがあります。Tradosを使うから訳が画一的になるわけじゃないんだけどなあ。
使ったことのない人にとっては、Tradosのような翻訳支援ツールはものすごく特殊なソフトウェアのように思えるのでしょうか。慣れてしまえば全然そんなことはありません。そもそも「翻訳メモリーツール」という呼び名が誤解の元じゃないでしょうか。翻訳支援ツールにはTMのほかにフィルターとしての機能もありますが、そのことが忘れられているように思います。たとえばXMLのファイルは、翻訳支援ツールを使わずに訳すことなど考えられません。
使ったことのない人ほどTradosについて言及したがるのは、なぜなんでしょうね。何を語るのも自由ですが、「Tradosを使ってるような人たち」のことを見下すような発言だけは避けていただきたいものです。