メモリーの再利用性はそんなに大事なことなのか

9月28日の日記にいただいたコメントを読んで思い出したのですが、私もずっと前、「翻訳メモリーを再利用できるように訳せ」という指示をもらったことがあります。そのセンテンスがどんな文脈に出現しても訳がそのまま使えるようにしろということですが、当時は私もおとなしく従ってました。よく考えると、TMの再利用性を優先するなんてナンセンスですけどね。最近では、Tradosなどの翻訳メモリーツールにもコンテキストマッチ機能が追加されたこともあり、再利用性のことをうるさく言われることもなくなりました。TMのオーナーがTMの管理に手間暇かけていられないというのもあるかもしれません。
しかし、最近では再び、再利用性のことを言われることがあるそうです。私自身の経験でも、Trados以外の翻訳支援ツールを使う機会が増えてきましたが、新しいツールはTM管理機能が今一つのことが多いような気がします。おそらく、そういうツールがコンテキストマッチにまで対応していないので、原文と訳文を1:1にして次回アップデートのときは100%マッチ分を何もしないで済ませたいのでしょう。そうでなければ、10年前から考え方が変わっていない人がリードをやっているのか。
でも、エンドユーザーにとっては、そんな裏事情はどうでもいいことですよね。9月28日の日記で取り上げたMSのWebサイトがどういう工程でローカライズされているかは知りませんが、「日本語がちょっと変なのはツールを使っているから」という言い訳は、ローカライズ業界内でしか通用しないでしょう。他の分野の人にまた馬鹿にされてしまいますよ。