IT翻訳者の疑問

この業界に入って約20年。私の疑問は相変わらず解決しません。

IT企業の文学的な表現

MicrosoftのWebサイトは機械翻訳だらけなのでふだんはあまり参考にしないのですが、なかなか面白い表現を見つけたのでメモしておきます。

azure.microsoft.com

Azure Cognitive Services とは

Cognitive Services は、すべての開発者やデータ サイエンティストの手の届くところに AI を導入します。優れたモデルを使用すると、さまざまなユース ケースがその帳 (とばり) を開きます。必要なのは、高度な意思決定について見て、聞き、話し、検索し、理解し、そして加速する機能をアプリに埋め込むための API 呼び出しです。すべてのスキル レベルの開発者とデータ サイエンティストが AI 機能をアプリに簡単に追加できるようにします。

既知のプログラミング言語を使用して、さまざまなユース ケースのための AI ソリューションをデプロイする方法をご覧ください。

「優れたモデルを使用すると、さまざまなユース ケースがその帳 (とばり) を開きます。」という表現は、なかなかIT企業の製品紹介ページではお目にかかる機会のない表現です。「帳」に括弧付きでふりがなを振っているぐらいなので、機械翻訳の出力ではないと思いますが、「モデルを使用すると、ユースケースがその帳を開く」という文章構造はなんだか不自然です。

英語版を見てみましょう。

azure.microsoft.com

What is Azure Cognitive Services?

Cognitive Services brings AI within reach of every developer and data scientist. With leading models, a variety of use cases can be unlocked. All it takes is an API call to embed the ability to see, hear, speak, search, understand, and accelerate advanced decision-making into your apps. Enable developers and data scientists of all skill levels to easily add AI capabilities to their apps.

See how to deploy AI solutions for various use cases using the programming languages you already know.

「a variety of use cases can be unlocked」が「さまざまなユース ケースがその帳 (とばり) を開きます」ですか。Unlockという動詞は特に珍しくなく、それまでできなかったことを可能にするという意味で使われるのをよく見かけます。「With leading models」の意味がよくわからないのですが、訳した人もよくわからないので煙に巻こうとしたのでしょうか。このページでmodelという単語が使われている箇所は他に「Use customizable, pretrained models built with breakthrough AI research」だけですが、既に用意されているモデルを使って多様なユースケースを実現できるということかもしれません。そもそも「帳(とばり)」と「開く」の組み合わせは有りなのでしょうか。国語辞典で「帳」を調べると「すべてのものが闇に包まれる夜になる意を美化した表現」【出典: 三省堂 新明解国語辞典 第八版】などとなっているのですが。

ついでに突っ込み所を挙げてみると、最初の文が気になります。「手の届くところに」という抽象的な表現に続いて「AIを導入する」……このサービスのおかげで、AIは手の届く存在になるということですよね。

「高度な意思決定について見て、聞き、話し、検索し、理解し、そして加速する機能」ってなんなんでしょうね。ページ中程に「Azure Cognitive Services」という見出しに続いて「音声」「言語」「視覚」「決定」「OpenAI Service」という箇条書きがありますが(英語版ではSpeech、Language、Vision、Decision、OpenAI Service)、「意思決定について見る」わけではないと思います。

「必要なのは、高度な意思決定について見て、聞き、話し、検索し、理解し、そして加速する機能をアプリに埋め込むための API 呼び出しです」という文は、何について必要だと言いたいのでしょうか。英語版では、an API callだけであなたのアプリにability to see, hear, speak, search, understand, and accelerate advanced decision-makingを埋め込むことができると書かれていますが。

「追加できるようにします」という、煮え切らない述語は見るたびにイライラします。この文のポイントは「of all skill levels to easily add」なので、スキルレベルを問わず簡単に追加できるようになることを、もっと自然に表現してもらいたいものです。

最後の「既知のプログラミング言語を使用して、さまざまなユース ケースのための AI ソリューションをデプロイする方法をご覧ください。」も、杓子定規に解釈すると「既知のプログラミング言語を使用してご覧ください」となります。まあ普通は脳内で「既知のプログラミング言語を使用してデプロイする方法を」と解釈しますが、なぜこのセンテンスは「既知のプログラミング言語を使用して」から始まるのか、疑問を感じませんか?だって未知の言語は使いようがないし。英語版の文末にある「you already know.」がうまく訳せていないんですよね。「AIを利用するにあたって、新しい言語ではなくてあなたが既に知っている言語をそのまま使えるんですよ」はこのサービスの長所なのだから、軽視してはならないと思います。

ついでにもう一つ。

azure.microsoft.comこうやって埋め込んだときに表示されるテキストは何と呼ばれるんでしたっけ。それはいいのですが、この文章も変です。

Azure Cognitive Services に AI が導入され、機械学習の専門知識がなくても、すべての開発者が API を通じて利用することができます。30 日で AI ソリューションを構築する方法をご確認ください。

英語版では次のとおりです。

Azure Cognitive Services brings AI to developers through APIs that don't require machine-learning expertise. Learn how to build AI solutions in 30 days. 

「Azure Cognitive Services に AI が導入され、」ではありませんよね。「30 日で AI ソリューションを構築する方法をご確認ください」は「AIソリューションを構築する方法を30日で学びましょう」じゃないかなあ。このページに「Cognitive Services 30-day learning journey」というリンクがあるんですよね。