IT翻訳者の疑問

この業界に入って約20年。私の疑問は相変わらず解決しません。

翻訳チェッカーは何をしているのか?

調べ物をしていて見つけたMSサポート技術情報「Windows XP Service Pack 2 以降のバージョンでファイアウォール機能を有効または無効にする方法」(http://support.microsoft.com/kb/283673/ja)の訳がすごかったので、メモしておこうと思います。英語版はhttp://support.microsoft.com/kb/283673/enです。

ファイアウォールとは、インターネットまたはネットワークからの情報をチェックするソフトウェアやハードウェアのことです。さらに、ファイアウォールは情報をブロックしたり、コンピューターと情報を受け渡ししたりします。情報がブロックされるか、渡されるかは、ファイアウォールの設定によって決まります。


A firewall is software or hardware that checks information that comes from the Internet or from a network. Then, the firewalleither blocks the information or lets the information pass through to your computer.Whether information is blocked or passed throughdepends on your firewall settings.

「then」を「その後」と訳すのが流行していることについては前に書いたと思いますが、「さらに」と訳されているのは初めて見たような気がします。前の文の「checks information that...」の結果に応じて「either blocks the information or lets the information pass through」をするのだから、「さらに」ではないはずです。ファイアウォールは、国境の出入国管理のようなものですよね。トラフィックの通行を許可するかブロックするかを決めるだけであって、ファイアウォールが実際に運んであげるわけではないので、「コンピューターと情報を受け渡ししたり」というのも変です。

[全般] タブまたは [有効 (推奨)] オプションが使用できない場合でも、システムにファイアウォールを実行するポリシーがある可能性があります。ファイアウォールを有効にする方法に関する詳細については、システム管理者に問い合わせてください。


If the General tab or the On (recommended) option is unavailable, the system may have a policy against running the firewall. Contact the system administrator for more information about how to enable the firewall.

Firewall.cplの「全般」タブの「有効(推奨)」をクリックしてくださいという説明の後の「注」の文ですが、「このオプションが使用できない場合でも、ファイアウォールを実行するポリシーがある」というのはどういうことなんでしょう。原文のagainstの訳がどこかに行ってしまってますね。「原文に忠実に簡潔に訳す」主義の人たちの中には、前置詞を軽視する人がいるように思うのですが、これを訳した人もそうなのかもしれません。このagainstの意味は「〜を禁ずる」ですよね。ファイアウォールを実行しないようにシステムのポリシーが設定されている場合は、当該の画面項目が選択不可能になるということではないでしょうか。

ファイアウォールを有効にすると、コンピューターが攻撃に対して脆弱になります。したがって、ファイアウォールを有効にする前に、すべてのネットワークからコンピューターの接続を切断してください。これには、インターネットが含まれます。または、サードパーティ製のファイアウォールを有効にすることができます。


When you turn off the firewall, you leave your computer vulnerable to attack. Therefore, before you turn off your firewall, disconnect your computer from all networks. This includes the Internet. Or, you can enable a third-party firewall.

ファイアウォールを無効にする方法」という項の「注」の文章ですが、turn offがなぜか「有効にすると」になってますね。ファイアウォールを有効にしたら脆弱になるのでは、何のためのファイアウォールだかわかりません。

System の下にある最後の行から、実行中の Service Pack のバージョンがわかります。一覧に Service Pack が表示されない場合には、Windows XP のリリース バージョンが実行されています。


The last line under System tells you what service pack that you are running. If no service pack is listed, you are running the release version of Windows XP.

sysdm.cplの画面の説明ですが、これを訳した人は明らかに、実機確認をしてませんね。翻訳者にとって、ソフトウェアの実機確認は義務ではないかもしれませんが、「The last line under System」が何であるかを知りたいと思わないのでしょうか。もっとも、MSの仕事をしているくらいなので、とっくにXPからVistaあるいはWindows 7にアップグレードしてしまってるのかもしれません。それでも、Windows XPの「システムのプロパティ」というダイアログのスクリーンショットぐらい、Webで検索すればいくらでも見つかりそうなものです。

念のために書いておきますが、私は誤訳の指摘を趣味にしているわけではありません。自分が同じような例に遭遇するかもしれないので、なぜこうなってしまうのかを考えるのが目的でブログに書いています。私はマイクロソフトローカリゼーションの具体的な工程を知っているわけではないし、知っていたとしても書けません。ですので、ここに書くことはあくまでも推測です。他の企業と同様のやり方をしているとしたら、この手の文書の翻訳はローカリゼーションベンダーに外注しているのでしょう。ベンダー側は翻訳者あるいは翻訳会社に翻訳を委託して、戻ってきたらチェックしてクライアントに納品するというのが一般的な工程です。いずれにしても、一次翻訳の担当者とは別の人がチェックしていれば、ここで挙げたようなエラーは残らないはずですが、最近ではチェックにあまり時間をかけない翻訳会社もあるようです。表記スタイルのチェックだけで上流のベンダーに納品してしまうところもあると聞いたことがあります。