IT翻訳者の疑問

この業界に入って約20年。私の疑問は相変わらず解決しません。

タグラインの日本語訳

先日取り上げた、Xのタイムラインに挿入されてくるStarlinkの広告については、画像の中にもなかなか興味深い部分があります。下のほうの、SpaceXのロゴの前のテキストが「設計:」のものと「開発:」のものがあるのです。

最近新たに挿入されるようになった、Starlink Miniの広告では「開発:」となっています。

 

この部分が英語でどう書かれているかというと、「ENGINEERED BY」です。このengineerという動詞の意味は単純にいえば「設計して造る」ですが、それだと長いので「開発」と訳してみたり「設計」と訳してみたりしたのだと推測されます。

 

ちなみに、このフレーズはこれらの広告の画像だけでなく、あちこちで使われています。たとえば、StarlinkのXアカウントのプロフィールにも「Engineered by @SpaceX」と書かれています。また、Googleで検索すると、StarlinkのWebサイトにも「Engineered by SpaceX」というセクションがあり、次のような記述があります。

starlink.com

Engineered by SpaceX
Leveraging SpaceX's deep experience with both spacecraft and on-orbit operations, Starlink's advanced satellites are produced and operated in Redmond, Washington and Starlink Kits for customers are manufactured in Bastrop, Texas, all to deliver high-speed, low-latency internet all around the world.

 

「Engineered by SpaceX」というフレーズは、SpaceXという会社がその技術を使って作ったものであるとアピールするのに使われているので、日本市場向けの表現をどうするかはSpaceXのマーケティング担当者に決めてもらうべきかと思います。日本法人がないとしたら、日本語コンテンツのローカライズを任されているローカリゼーションベンダーでしょうか。末端の翻訳者にしてみれば、「Engineered by SpaceX」というフレーズがこの会社のタグラインであることに気がつくとは限りません。目の前にあるバイリンガルファイルでは翻訳対象となっているから、英ママにせよという指示がない限り日本語に訳すしかありません。どうもタグラインらしいと思ったら申し送りを付けることになりますが、発注元のローカリゼーションベンダーの元締めが、面倒がらずにクライアントの担当者に確認してくれることを祈るしかありません。確認してくれないと、後で似たような案件が発注されてきたときに末端の翻訳者が訳し方で悩んでしまいますので。

XでのStarlinkの広告

ここのところ、X(旧Twitter)にアクセスすると頻繁にStarlinkの広告が挿入されます。その文面がちょっと不自然なのですが、目にする頻度があまりにも高いので一言言ってみたくなります。

接続して、その後はどうすればいいのでしょうか。いかにも英語から翻訳した文章なので、英語版も探してみたら見つかりました。

 

Starlinkのサービスを使うとfast, reliable internetにGet connectedしてstreaming, video calls, online gaming and moreを楽しめる、つまり低速だと話にならない用途にもこのサービスなら大丈夫ということですよね。

念のため、日英を並べて書き出しておきます。

ストリーミング、ビデオ通話、オンラインゲームなどを楽しめる、信頼性の高い高速インターネットに接続しましょう。

Get connected with fast, reliable internet for streaming, video calls, online gaming and more.

 

頻繁に現れる広告はもう1つあります。

「ゲームなどに対応する高速で信頼性の高いホームインターネット」の「対応」とは、具体的にどういうことなのでしょうか。こちらの英語版は、Starlinkからの投稿の中では見つからなかったのですが、スクリーンショットを投稿している人がいたのでテキストを書き出してみます。

 

このfast, reliable home internetをgetすればstreaming working from home, gaming, and moreをmultiple devicesでseamlessに楽しめるということですね。こちらも日英を並べて書き出しておきます。

複数のデバイスでシームレスなストリーミング再生、在宅勤務、ゲームなどに対応する高速で信頼性の高いホームインターネットをご利用ください。

Get fast, reliable home internet for seamless streaming working from home, gaming, and more across multiple devices.

元のテキストが長くても短くても、文法的に正しく訳せばいいというものではないのは文章タイプにかかわらず言えることですが、広告ならなおさら、アピールしたい部分をしっかりアピールしてほしいものです。

追記:投稿本文は同じで画像内のテキストが違うというパターンもありました。

 

 

 

 

 

Terminologyをimplementするには

trados.comには、Trados Studio関連のページ以外にもterminologyに関するコンテンツがあります。「Implementing terminology - take a hiatus on tradition」というタイトルのブログもその一つです。

https://www.trados.com/blog/implementing-terminology-take-a-hiatus-on-tradition/

ここではterminologyという単語がimplementという動詞の目的語として使われていますが、この文脈でのterminologyはどういう意味で使われているのでしょうか。日本語版のページを見ると、タイトルは「用語集の導入 - 過去からの脱却」となっています。つまりここでもterminology=「用語集」のようです。

https://www.trados.com/jp/blog/implementing-terminology-take-a-hiatus-on-tradition/

名詞terminologyを「用語集」と訳すと決めたとして、それは動詞implementの目的語となったときも妥当なのでしょうか。動詞implementの意味は、「やると決めたことを実際にやる」ですが、「用語集」は「こと」というより「もの」ですよね。ですので「実施」や「実装」ではなく「導入」を選んだと推測されます。たとえば、ある会社には今まで「用語集」がなかったけれども、これからは「用語集」を運営しようと決めた後で「導入」するといったことを想定しているのでしょうか。

なんでこうなったかを考えてみましたが、terminologyという言葉が表す概念が2つあるにもかかわらず、片方の概念(A set of terms and/or names used in a particular subject field.)についての日本語訳を他方の概念(The study of designations and their associated concepts.)にも機械的に当てはめてしまったからだと推測されます。確かに、訳語の統一は大切ですが、それは円滑なコミュニケーションを目的として同じ概念を指す言葉をひとつに絞るためですよね。このブログの日本語版の読者は、「用語集」という言葉を目にするたびにどういう概念を頭に思い浮かべるでしょうか。英日ローカリゼーション業界で「用語集」といえば、一般的には英語の用語と日本語の訳語のリストであり、そのエンドユーザーにはExcelシートとして、あるいは翻訳支援ツールに一体化された用語データベースとして支給されるものです。そのようなことを考えながらブログを読んでいくと、最後に次のようなフレーズがありました。

「誰でも用語集を使用できますか?」と質問されたら、もちろん「はい!Tradosなら可能です」と答えることができます。

ちなみに英語版では、次のように書かれています。

To answer the question “Can anyone use terminology” the answer is a firm “Yes! You can with Trados”.

Tradosがなかったら、「誰でも用語集を使用する」ことは難しいのでしょうか? このフレーズを最後に置いているのは、その前の部分でTradosでの具体的なterminologyのツールを紹介しているからですが、そのセクションの冒頭に戻ってみます。

Getting started with terminology

So, let’s say you’re ready to embrace terminology and all the benefits it can bring, but where do you begin? Below are some of the typical starting topics.

用語集の導入

用語集とそのすべてのメリットを活用する準備が整っているとは言っても、何から着手しますか?以下に、その主なトピックを挙げました。

やはり、get started withやembraceの対象であるterminologyを「用語集」と訳すのは無理があるように思います。「ある分野のtermを体系的に整理すること」を日本語の既存の単語の組み合わせで表現するのはなかなか難しいので、「ターミノロジー」でいいのではないかと思いますが、このような場面でもカタカナ語は避けるべきなのでしょうか。

Microsoftのterminology

Microsoftは以前から、スタイルガイドと用語集を一般公開しています。かつては「ランゲージ ポータル」というタイトルのWebサイトで公開されていましたが、今はこちらのページからリンクしています。

learn.microsoft.com

「用語集」と書きましたが、Microsoftが公開しているコンテンツのタイトルは「Microsoft Terminology Search」です。そのページで「terminology」を指定して検索してみたところ、この単語が含まれるtermがいくつか見つかりました。terminologyというSourct Termは2つあり、つまり「用語の集合」そのものを表す場合と、その研究を指す場合があるようです。残念ながらどちらも、Translated termのところに日本語のtermはありませんでした。

Source Term    Concept    Part of speech    Number    Product/Technology
terminology​    A set of terms and/or names used in a particular subject field.    Noun    Singular    Other


terminology​    The study of designations and their associated concepts.    Noun    Mass    Other


terminology management​    The investigation, documentation, and consistent reuse of designations and their associated concepts.    Noun    Mass    Other

terminology database​    A database containing terminological data.    Noun    Singular    Other

terminology worker​    A role held by a language professional or other expert who performs terminology work as an ancillary function of other professional activities.    Noun    Singular    Other

ついでにtermというSource Termについても検索してみました。

Source Term    Concept    Part of speech    Number    Product/Technology
term​    A designation that stands for a general concept used in a subject area.    Noun    Singular    SQL Server Versions

こちらは日本語のTranslated termもあり、「用語」となっています。「用語集」は一般に用語とその定義(と対訳)を集めたものですが、Terminologyにおいてはまず概念があり、その呼称がtermなのですね。

Tradosの外の世界でのterminology

TerminologyはTrados固有の概念ではなく、翻訳業界固有のものでもありません。英和辞典で調べると語義に「術語学」があるように、一つの学問としても存在します。どういう学問かというと、「図書館情報学用語辞典」の「ターミノロジー」の項の説明によれば「専門用語,すなわち専門分野で流通するという社会的観点から認定される分野依存の語(単語や句など)の集合.また,それを対象とする研究」です。そしてこれはアカデミックな世界だけで議論されているテーマではなく、実務の世界でも実践されていることであり、ISO 704として「Terminology work — Principles and methods」が標準化されています。

www.iso.org

無料で読めるサンプル部分によれば、terminologyの作業とは自然言語でのコミュニケーションにおけるあいまいさいをなくすための、専門用語の集合を扱うものであり、その出発点はconceptの特定です。特定されたconceptの定義を明らかにして呼び名を決めるとtermとなるということでしょうか。以上のことを考えると、terminologyは単に「用語集」を作るという作業ではないので、日本語訳としては「ターミノロジー」にしておいたほうがよいのではないかと思います。

なんでもカタカナで済ませるのは安易だ、という指摘は当然予想できます。ここで思い出すのが、かつてMicrosoftのWebサイトにあった「日本語ターミノロジストのブログ」というコンテンツです。今はきれいさっぱり消去されていますが、ターミノロジストというカタカナ語について「terminologyという英単語は日本語に訳すのが難しい」という理由が述べられていたのを覚えています。このコンテンツが残っていたら、日本の翻訳業界にもterminologyの考え方がもっと広まっていたかもしれません。

 

Trados 2026のTerminology perfectedというメリット

「Trados Studio 2026リリースの新機能」というページにある4つの箇条書きには、「用語集の精度向上」という項目もあります。リリース前のページとは若干文面が違っているようなので、改めて英語版と併せて見てみることにしました。

https://www.trados.com/jp/spotlight/whats-new-studio-2026/

https://www.trados.com/spotlight/whats-new-studio-2026

用語集の精度向上

用語集ツールの強化により、一貫性を完璧に維持できます。用語認識の精度向上と用語管理ワークフローの効率化により、作業中に多くのメリットが得られます。すべてのプロジェクトにおいて最高品質を維持し、明瞭な翻訳を提供することで、クライアントにとってより良い成果を実現できます。

Terminology perfected

Deliver perfect consistency with our enhanced terminology tools. Benefit from more accurate term recognition and a streamlined workflow for managing terminology as you work. Maintain the highest quality across every project, producing clearer translations and achieving better outcomes for your clients.

ユーザーにとってどういうメリットがあるのか、やはりよくわかりません。「用語認識の精度向上」は想像できるのですが、では見出しの「用語集の精度向上」とは結局なんなのでしょう。最初のセンテンスのperfectとの関係はないのでしょうか。「作業中に多くのメリットが得られます」は、その解釈でよいのでしょうか。2026リリース前のページにはYou will enjoy more accurate term recognition and a streamlined workflow for adding and managing new terms as you work.という記述があり、日本語版では「用語認識の精度が向上し、作業中の新規用語追加や管理もよりスムーズになります。」と書かれていたのですが。Benefit fromをどうにか訳出しようとしたのかもしれませんが、だったら最後のセンテンスのyourも訳文に反映したほうがよいと思います。

Trados 2026の最新のワークスペースとは

Trados 2006がリリースされたようなので、具体的にどこがどう新しくなったかを知りたくなり、「Trados Studio 2026リリースの新機能」というページを見てみました。リリース前に公開されていたページの内容とそれほど変わりはないように思います。

https://www.trados.com/jp/spotlight/whats-new-studio-2026/

https://www.trados.com/spotlight/whats-new-studio-2026/

 

Tradosにとってterminologyとは - IT翻訳者の疑問で取り上げた「用語集の精度向上」も、4つの箇条書きの1つとして挙げられています。他の3つは「パフォーマンスの向上」、「あなたと同じように翻訳するAI」、「最新のワークスペース」です。また「最新の」か、と思って英語版を見たら、やはり「Modern workspace」がこう訳されていました。ここで「最新」と表現されているのは、具体的にどのようなことなのでしょうか。スクリーンショットもないので、文字情報から推測するしかありません。

最新のワークスペース

新しく生まれ変わった直感的なワークスペースで、翻訳作業そのものに専念できます。効率的なインターフェイスにより操作性が向上し、日常業務を簡素化して、より快適で生産性の高い体験を実現。気が散る要素が少なくなるため、優れた成果物を提供することに集中しやすくなります。

Modern workspace

Focus on the art of translation in a refreshed, intuitive workspace. Our streamlined interface reduces friction and simplifies everyday tasks, creating a more comfortable and productive experience. With fewer distractions, you can concentrate on delivering exceptional work with ease.

元の英文で訴えようとしているポイントのいくつかが、日本語訳では抜け落ちていないでしょうか。逐語訳を避けようとしているけれども結局「インターフェイスにより向上」や「業務を簡素化」といった、いつもの機械的な訳に収まっているような気がします。バージョンが新しくなればそれが「最新」なのは当然ですが、ここでmodernという表現が使われている理由を十分に考えたうえで「最新の」にしたのでしょうか?

このmodernについて、ChatGPTに尋ねてみました。

ここで Modern workspace と表現しているのは、単に「新しい画面」というだけでなく、現在のユーザーの作業スタイルに合うように、見た目・操作性・作業の流れを総合的に刷新した環境であることを示すためです。

本文では、具体的に次の特徴が挙げられています。

  • refreshed:画面デザインが刷新されている

  • intuitive:直感的に操作できる

  • streamlined interface:余分な要素や手順を減らしたインターフェイス

  • reduces friction:操作上のわずらわしさを減らす

  • fewer distractions:翻訳の妨げになる表示や操作を減らす

つまり、ここでの modern は、「最新技術を使っている」というより、

見やすく、分かりやすく、効率的で、作業に集中しやすい現代的な設計

という意味合いです。Tradosは、Studio 2026について「ワークフローの各段階を合理化し、翻訳という本来の作業に集中できるようにする」と説明しており、Modern workspace はそのユーザーインターフェイス面での改善をまとめた見出しになっています。(Trados)

日本語の見出しとしては、文脈に応じて次のように訳せます。

  • モダンなワークスペース

  • 刷新された作業環境

  • 現代的で使いやすい作業環境

  • より直感的なワークスペース

この場合、単に「最新の作業環境」とすると、機能や技術が最新であることに重点があるように聞こえます。本文とのつながりを重視するなら、**「刷新された直感的な作業環境」「より使いやすくなったワークスペース」**のほうが、modern の意図を自然に表せます。

私はAIに訳文そのものを作らせることはしませんが(時間がかかるわりに納得のいく出力が得られない)、このmodernのように、原文の意図を解釈するための参考として「意味を教えてください」と尋ねることはよくあります。というか、最近の案件ではほとんどそうしています。自分であれこれ考えたり似たような英文をWebで検索したりするよりも、ずっと短時間で目的の情報が得られるからです。