IT翻訳者の疑問

この業界に入って約20年。私の疑問は相変わらず解決しません。

情報を友人に共有する

ちょっと探し物をしていたら、「情報を1クリックで簡単に友人・知人に共有できる」という文章が目に止まりました。http://mixi.co.jp/press/2010/1208/3969/

株式会社ミクシィ(東京都渋谷区、代表取締役社長:笠原 健治、証券コード2121)は、本日より、mixi新プラットフォーム「mixi Plugin」の1つとして、Webサイトにおいて、お気に入りのトピックスやニュース、動画、場所、商品などの情報を1クリックで簡単に友人・知人に共有できる「イイネ!ボタン」http://developer.mixi.co.jp/connect/mixi_plugin/favorite_button/spec/を公開いたします。

イイネ!ボタンは、ニュースサイト、通販サイト、グルメサイトなど様々なWebサイトにおいて、興味・関心を持ったトピックスや情報などを1クリックで簡単に友人に共有できる『mixi』の新しいコミュニケーション機能です。
「イイネ!」したトピックスや情報は、そのページにmixiでつながっている友人が訪れた際に、自分の友人の誰が、また何人が「イイネ!」したかが一目で分かるようになるほか、友人のmixi TOPページのフィード及び自身の最新のチェックhttp://mixi.jp/recent_check.plにも掲載されます。

のことです。最初は誤植かと思いましたが、「に共有できる」は2回も出現してますので、そうではなさそうです。私はミクシィを使ったことがないのでよくは知らないのですが、ミクシィってローカライズものではありませんよね? 外国語から訳したのではなく、日本語で書き起こした文章ならば、書いた人にとっては「情報を知人に共有できる」という表現は不自然ではないということですよね。
こういう文脈での「共有する」はおそらく、英語のshareという動詞を「共有する」と訳した結果だと思いますが、shareにはいろいろな意味があります。私がいる業界で「共有」といえばまず思い浮かぶのは、Windowsの「ファイル共有」といった使い方です。あるPCのローカルファイルに別のPCからもアクセスできるようにすることですね。その次は、インターネットの画像共有サイトなどでの「共有」です。自分が撮影した写真をインターネット経由で友人に見せるといった行為を「共有する」と表現しますが、この辺からちょっと違和感を持つようになりました。Do you want to share this photo?といったメッセージを「この写真を共有しますか?」と訳してから、何か違うぞと思い、「この写真を公開しますか?」に変更したものの、ボタン名の「Share」が「共有」と訳されていると、表現が統一されなくなるので悩みます。
そしてしばらく前から、Web上のニュース記事やブログのページに「いいね!」やら「ツイートする」やら「B!」やらのアイコンがずらっと並ぶようになりました。そのページをshareするためのアイコンです。WebブラウザーGoogleツールバーにも、「共有」(英語版では「Share」)というボタンがあり、そこからたとえばGmailを選ぶとメール作成画面が表示されます。本文のボックスには、そのページのURLに続いて「-- Google ツールバーで共有」というテキストが……(これはIEGoogleツールバーでの挙動であり、Firefox版では「- このページを Google ツールバーから送信」というテキストが表示されます)。この行為を「共有」と呼んでいいものでしょうか?
国語辞典で「共有」の意味を調べると、

一つの物を二人以上が共同で持つこと。「秘密を―する」「―財産」
大辞泉

などと書かれています。Web上のニュース記事のURLをメールでだれかに送信するのは「一つの物を二人以上が共同で持つこと」なのでしょうか。ニュース記事は発行者のものであり、別に読者が共同で所有するわけではありません。前述のGoogleツールバーからTwitterを選んでツイートするにしても、Hatenaを選んではてなブックマークに追加するにしても、その行為は「こんなニュース記事を見つけて自分はこう思った」と他の人に知らせることですよね。それを「ニュース記事を知人に共有する」と表現するのはいかがなものでしょうか。「この記事をお友達に共有してください」と言われて、日本語ネイティブはすぐに意味を理解できるのでしょうか。
もしかしてこれは、「言葉の意味は時代とともに変わる」の例であり、Webで普通に使われているから違和感を持つ方がおかしいなどと言われてしまうのかなあ。

モバイルコンテンツでは文字間のスペースを省くという規則

昨日の日記に書くのを忘れましたが、最近ではモバイルコンテンツに関する特殊な指示の問題があります。それは、「全角文字と半角文字の間にスペースを入れる」という表記規則を採用しているクライアントから、「モバイルコンテンツの場合はスペースを入れない」という指示を受けることです。なんでも、モバイルデバイスでは表示スペースが限られているので文字数を減らしたいからだと聞きましたが、これも翻訳者の仕事ですか。
「モバイル」がどこまでを指すかという問題もあります。昔ながらの携帯電話やスマートフォンは該当するとして、タブレットも「モバイル」でしょうか。ネットブックの画面とどちらが小さいのか。
可読性が理由で文字間にスペースを入れていたのであれば、モバイルでの可読性が失われるのはよくないと思います。スペースがなくても読みやすさに支障がないのであれば、PC用のコンテンツでもスペースは不要ですよね。指示なのでこちらは従いますが、1つのファイルにモバイル用とPC用のストリングが混在していたりすると、ほんと面倒です。

文字間スペースの調整は誰の仕事か?

新しいクライアントの仕事をすることになって、各種指示書に目を通していて、「全角文字と半角文字の間にはスペースを入れる」などと書かれているのを見るとため息が出てしまいます。文字間にスペースを入れるという規則には、いろいろな例外がくっついてくるからです。句読点の前後が半角でも入れないとか。やってるうちに慣れますが、いくらか余計な時間をとられます。こういう規則を作る側の人と直接話したことはないのですが、いったいどういう理由で、ある企業はスペースを入れ、別の企業はスペースを入れていないのでしょうか。「ITだから」ということではありませんよね。
http://www-01.ibm.com/support/docview.wss?uid=pub3gc88807903からダウンロードできるIBMの翻訳ガイド(2006年発行)には、

翻訳文では日本語と英語が混在した文章になりますが、このスペースが入っていないと半角文字が押しつぶされたような感じになり、読みづらい体裁になってしまいます。

と書かれています。また、Mozilla Japanの「和訳作業ガイド」(http://www.mozilla-japan.org/jp/td/guide.html)には

見やすさのため、日本語と英数字の間には半角スペースを挿入してください。

と書かれています。他のプロジェクトでも、理由はだいたい同じだと思います。つまり可読性向上のためということですね。
出版物の場合は、組版ルールの1つとして「和文と欧文の間に全角1/4の空きを入れる」というのがあるそうですが、組版ルールというぐらいなので、文字間隔の調整は組版の段階ですればよいはずです。実際、クライアントからのスタイルの指定がなかったため翻訳会社のPMから「取りあえずMSスタイルで」と言われたのでその通りにしたら、DTPオペレーターから「InDesign組版するときに文字間のスペースが邪魔だったので削除しちゃいました」と言われたことがあります。昔はどうだったか知りませんが、今は機械でできるはずですよね?
私がふだんの仕事で扱う文書は、最近では印刷物よりもWebで公開されるものが圧倒的に多くなっています。そのような文書には組版という工程はありません。しかし、可読性というのは全角文字と半角文字の間のスペースだけで決まるものではありませんよね。文字の大きさ、書体、行間隔、1行の長さなど、さまざまな要素の調整が必要になるはずであり、それはWebデザインの範疇ではないでしょうか。もし、「全角文字と半角文字の間にスペースがなかったら読みにくい」が事実ならば、翻訳者だけでなく、Webブラウザーで読まれる日本語テキストを書く人全員がそのようにしなければなりません。こういうブログもそうだし、掲示板の書き込みもTwitterも。そんな面倒なことやってられますか?
IT関連の記事が掲載されているWebサイトでも、初めから日本語で書かれた文章では全角文字と半角文字の間にスペースなど入れていないのがほとんどですが、そんなに読みづらいとは思いません。確かにMS Pゴシックなどで表示すると「BI製品」の「I」が見えなかったりしますが、メイリオにすれば見やすくなります。スペースがまったくないのは確かにあまり美しくないので、Webブラウザー側でもうちょっとなんとかしてほしいものですが、IEを作っているMicrosoftでさえ、そんなことをやる気はなさそうです。
全角文字と半角文字の間にスペースを入れるのに理由などなくて、単に発注側の趣味だったとしても、仕事をいただく側としてはそれに従いますが、日本語で文章を書くときにしないことになぜ、翻訳業界のごく一部ではこれほど時間をかけているのか、不思議でしかたありません。

ITの日本語は特殊なのか?

そうは思いません。特殊だという人には、どこからどこまでがITなのかを教えてほしい。今やコンピューターは専門家だけのものではないんですよ。iPhoneの取説はITのドキュメントに分類されますか? iPodは? ウォークマンは? デジタルカメラは? 薄型テレビは? 医療検査機器は? コンピューターメーカーのアニュアルレポートもITのドキュメントですか? コンピューターメーカーの管理職研修テキストは?
私はIT翻訳者と名乗ったりしてますが、当初は主にIT企業から翻訳会社経由で受注した仕事をしていたからです。それがいつの間にか、MLV経由でいろんな仕事が来るようになりました。ソフトウェアの日本語化もローカライズなら、ヨーロッパの観光地案内の翻訳もローカライズ。そうなるとITとそれ以外、ローカライズとそれ以外の区別に何の意味があるのかなあと考えてしまいます。

地震

今回の地震を体験して(私自身は首都圏在住ですが、おかげさまで今のところ電車が止まった以外は特に支障はありません)思い出したのは、「フリーランス翻訳者は、仕事を受注したら何がなんでも仕上げて納品しなければならない」という誰かの言葉です。しかし、たいていの実務翻訳は他の人でも代わりがききますから、仕事を続行できなくなったらすみやかに翻訳会社に連絡すれば、翻訳会社も鬼ではありませんから事情を理解してくれるはずです。問題は連絡手段ですが……。
もう一つ思ったのは、オンラインバックアップのことです。いくらPCのディスクの内容を別のハードディスクにバックアップしておいても、バックアップディスクもろとも失うような事態になったら何にもなりません。あと、作業中のファイルもオンラインで保存しておけば、いざというときに翻訳会社に、やりかけですがそこから引き取ってくださいということもできるかと思います。もちろんセキュリティがしっかりしているサービスを選ばなければなりませんが。
今回の地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。また、被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。私にできるのは義援金を送ることぐらいですが、助け合うことの大切さを改めて実感しました。

SDLのプレスリリースのフォント設定がすごい


探し物をしていて偶然見つけたページ(http://www.sdl.com/jp/about-us/press/2010/fredhopper-acquisition.asp)のフォント設定がすごい。何をどうやったら1つの段落、いや1つのセンテンスに明朝とゴシックが混在するのか。他のプレスリリースのフォント設定はまともなので、ますます謎です。
書かれていることがいくらまともでもフォント設定次第でぶちこわしになるのは、IBMの例で実証されていますが、こちらもなかなかです。見た目が変なドキュメントって、テキストそのものもちょっと問題ありだったりしますよね。最初のほうは、どう見ても同じことが2回書かれています。
左のサイドバーにある年ごとのリンクの表記も、なぜかあまり統一されていませんが、「2010 Press Releases」をクリックしてみると、一覧の中で2010年3月1日のところだけ明朝っぽい。7月14日のところにはTest articleなんてのもあるし。
企業のWebサイトの中で、プレスリリースというのは重要度が最高レベルではないのでしょうか? 会社として公式に発表するのだから、間違いなどがないよう、広報部門が十分にチェックしたうえで発表するものだと思いますが、こんな状態のページは見たことがありません。普通の企業ならまだしも、翻訳サービスとそのツールの両方を売ってる会社のWebサイトですよ。サイト全体が商品サンプルなのに。どういう工程でこのページが作られたかは知りませんが、業界を代表する会社のWebサイトがこの有様で、悲しくなってきます。「複雑な多言語環境における販売とマーケティング、さらにカスタマサポート求める企業に最高のソリューションを提供する」の説得力がなくなっちゃいますよ。

最近の雑感

  • 先日、Skypeのサービス障害が発生したというニュースを見ましたが、その中で「Skypeクレジット」という言葉が目を引きました。日本語で「クレジット」というときは信用販売を指すのが一般的だと思いますが、「Skypeクレジット」というのはサービス利用料を事前に支払うことなんですね。言葉の定義が明確に示されていればユーザーが混乱することはないと思いますが、creditという言葉はやっかいです。
  • 私のふだんの仕事では、企業の基幹業務に使用されるソフトウェアの説明書などを扱うことがありますが、その中に時々creditという動詞が出現します。これが「貸方に記入する」と訳されているのを見ると頭を抱えてしまいます。日本語の「貸方」という表現は、複式簿記に関する文章以外では見たことがないのですが、「銀行口座の貸方」っていったい何を指しているのか、訳した人に聞いてみたいものです。その人の通帳には「借方」「貸方」と書いてあるのだろうか。
  • 英英辞典でcreditという動詞の意味を調べると「When a sum of money is credited to an account, the bank adds that sum of money to the total in the account.」(コウビルド米語版英英和辞典)と書かれているように、入金のことですよね。これが航空会社のマイル口座だと、入金ではなくてマイル残高を増やす=マイルを加算することになるので、creditという動詞の訳は臨機応変に決めなければなりません。しかし、誰かが適当に作った用語集でcredit=「貸方」などと定義されていると、「用語集には絶対従う」という方針の下で変な訳が量産されてしまうんだよなあ。
  • SkypeのWebサイト(http://www.skype.com/intl/ja/home/)を見てみたら、「固定電話/携帯電話に通話を発信」というテキストがあったのですが、通話は発信するものでしたっけ。英語のページ(http://www.skype.com/intl/en/home/)では「Call phones and mobiles」と書かれています。このcallという単語もやっかいです。電話交換機やテレフォニーシステムの中の話ならば「呼」や「コール」で済むのですが、エンドユーザー向けの文書では使えません。話したい相手の電話番号をダイヤルして(あるいはGUIの電話帳で選んでクリックして)、呼び出し音が鳴っている間はcallingですが、まだ通じていないから「通話」ではありませんよね。「電話をかける」という表現も、telephone callに限定されそうで使いづらい時があります。英語では一つの単語なのに、日本語では訳し分けが必要で、しかも訳し分けのルールが用語集にも書かれていないことが多い。本当にやっかいです。