MTの出力は読みにくいままでも受け入れられるのか

先日、某所でMTポストエディットの作業指示のようなものを見せてもらう機会がありました。翻訳の対象は私がふだんの仕事で受注しているようなマニュアルですが、その作業指示は一言でいうと「できるだけ手間をかけない」というものでした。機械翻訳の出力が正しければ、読みにくくてもOKということです。これは、やってみると結構苦痛だと思います。なぜなら、いつものように訳を仕上げるのではなく、機械に合わせないといけないから。でも正確でも読みにくい文章って、ユーザーにとって価値はありますか? セキュリティ脆弱性情報のような、緊急性のあるものはそれでもいいかもしれませんが、マニュアルはずっと使われるものですよね。ならば、もう少し手間をかけてきちんとしたものにしたほうがよいと思います。なのに「読みにくくても正確ならばよい」などと言われると、翻訳者としての今までの努力を否定されたような気分になります。
ただ、機械翻訳じたいはなくなることはないと思います。今のやり方がよいとは思いませんが、機械にできることは機械にやらせればいいじゃないですか。UI辞書を検索してダイアログ名やらボタン名やらを日本語ストリングで置き換えるとか、そういう作業はいい加減機械化してほしいものですが、未だ人力なんですよね。