IT翻訳者の疑問

この業界に入って約20年。私の疑問は相変わらず解決しません。

「あなたがサインアウトしてきました。」が修正されていました


それはよいのですが、「Outlookはお気に召したでしょうか。」というメッセージがやけに目立ちます。目立つせいか、「お気に召したでしょうか」という表現が気になります。「召す」は尊敬語ですが、ここで尋ねているのは、自分が差し出したOutlook.comという「物」についての感想ですよね。自分だったら、「気に入っていただけたでしょうか」などとします。
念のため英語版の画面を見ると

ですが、こちらではフィードバックを受け付けるようになっていますね。でも日本語版の画面では、そうではありません。だから、どういう聞き方をしても、聞かれた方は答えようがありませんね。

「あなたがサインアウトしてきました。」

マイクロソフトOutlook.comのサービスを開始したというニュースをあちこちで見かけたので、手持ちのhotmailアドレスでサインインできることを確認してサインアウトしたら「あなたがサインアウトしてきました。」というメッセージが表示されました。

言語設定を英語に変えると「You're signed out.」と表示されるのですが、「してきました」はいったいどこから。これは日本語文字セットを使っているというだけで、日本語ではない言語に思えてきます。どこに丸投げしたんだ?

翻訳会社からのフィードバックがコテコテの逐語訳だった場合

スタイルガイドに「読みやすく訳せ」と書かれているのでいろいろ考えて訳したのに、逐語訳に戻されるとがっくりします。今さらそういうのに合わせたくないので適度に無視してますが、「チェッカ」の人たちは、そういう訳し方が体に染みついてしまってて何とも思わないんでしょうね。お客の好みに合わせるのがプロだと言う人もいますが、そんな逐語訳、だれが好むんだ? 法律や特許とかではなく、市販のソフトウェアの説明書なのですが。

フィードバックの意味

先日の日記で、なぜ妙な手法が流行するかが不思議だと書きましたが、一つ思い当たることがあります。それは翻訳会社(特に二次ベンダー)からのフィードバックです。「このクライアントは自社のことを『弊社』ではなく『我々』と呼ぶ」といった、クライアント独自の表記の指示があればもちろん従いますが、時には翻訳手法にまで踏み込んだ、ちょっとそれには従いたくないよなあと思う“フィードバック”がくることもあります。具体的にどういうのかというと、今までこの日記に書いてきたようなことです。翻訳会社の“チェッカ”は本当にそれでいいと思ってやっているのか。
たぶん、翻訳メモリー(TM)にそういう訳が入っていて、前から使われているのだからそれに合わせようという方針なのだと思います。あと、先日書いたような、中途半端なスタイルガイドの指示を機械的に当てはめたがる翻訳会社も困りものですが、無難に済ませたいという気持ちはわかります。クライアントの機嫌を損ねて仕事がなくなったら困りますし。だからといって、昔からの変な訳し方をいつまでも踏襲するのはどうかと思います。
言ってはなんですが、TMに入ってる訳なんて誰がレビューしたかわかりませんよ。10年ぐらい前ならともかく、今はマニュアルの訳をクライアント企業がフルレビューすることは少ないと思います。レビューしたとしても、その企業の製品のことも英語のことも翻訳のことも知り抜いた人間がクライアント企業内に何人いるか。MLVだってせいぜいサンプルチェックで、あとは二次ベンダーに丸投げしてることも多いのではないでしょうか。日本語を読んだだけで笑ってしまうような訳を放置してるくせに、枝葉末節的なことをあれこれ指摘されると、品質ってなんだっけと考えてしまいます。
そういえば以前、逆にこちらが翻訳会社の立場で、二次請けのベンダー宛てにフィードバックを書いたら、ことごとく「それは好みの問題だ」で済まされたことがあります。一読して意味がわからないのはエラーだと思ったのですが。考えかたも人それぞれですねえ。

peopleはいつから「ユーザー」になったのか

Googleの「Picasa 3.9 の新機能」というページ(http://support.google.com/picasa/bin/answer.py?hl=ja&answer=93773)で見かけた表現です。

Google+ のサークルと共有する -- Google+ に参加している場合は、Picasa 3.9 を使用して、Google+ で作成したサークルと直接共有することができます。サークルのユーザーの各自の Google+ ストリームに、あなたの写真や動画が表示されます。Google+ を使用していないユーザーにも Google+ のアルバムを表示するためのメールが届き、Google+ に参加しなくても表示することができます。

Picasaという画像管理ツールは、無料のわりになかなか便利なのでよく使っていますが、Google+は使っていないので、ここに書かれていることは私には関係ないといえばないことです。しかし、「サークルのユーザー」や「Google+ を使用していないユーザー」がどうもひっかかります。
英語版のページ(http://support.google.com/picasa/bin/answer.py?hl=en&answer=93773)を見ると、

Share to your Google+ circles -- If you've joined Google+, you can use Picasa 3.9 to share directly to the circles you've created in Google+. They'll see your photos and videos in their Google+ stream. People that don't use Google+ aren't left out. They'll get an email to view your album in Google+, and they don't have to join to do so.

となっています。自分がGoogle+で作ったサークルに入っている人を「サークルのユーザー」と呼んでいるようですが、その「ユーザー(user)」はいったい何を使って(use)いるのか? Google+を使っている人を指しているのか? でも「Google+ を使用していないユーザー」という表現もあります。Picasaのユーザーということか?
「サークルのメンバー」「Google+を使用していない人」でいいじゃないかと思いますが、なぜこうなったかを考えると、英日翻訳の仕事のときにありがちな指示を思い出します。

youは訳出しない。どうしても訳出する必要があるときは「ユーザー」などと訳す。

というやつです。あれを機械的に当てはめるとこうなってしまうのかもしれません。
このGoogleのWebページに限らず、ふだん私のところに回ってくるレビューの案件でも、「人」でよいところを「ユーザー」で「統一」しているケースをよく見かけます。翻訳者の多くは在宅フリーランスでバラバラに活動しているはずだし、オンサイトという形態でも訳出のしかたをいちいち相談したりはしないので(私の場合)、なぜこのような妙な手法が流行するのか、いつものことながら不思議です。

アピールしたいポイントが見えてこないマーケティング文書

早いもので、もう年末です。翻訳支援ツールのベンダーすら年末キャンペーンを始める時期になりました。ダイレクトメールも製品Webページも、見るといろいろ言いたくなりますが、一つだけ書き留めておきます。

http://www.translationzone.com/jp/translator-products/sdl-trados-studio-freelance/default.asp#tab3

レビューが容易
Studio 2011では、理想的な翻訳の提供を目的とするドキュメントのレビューや他のスタッフとの連携が、これまで以上に簡単に行えるようになりました。 Studioユーザーだけでなく、ファイルをMicrosoft Wordでしかレビューできない、翻訳対象コンテンツに精通している専門家や同僚とも連携できるのです。 注目の機能を一部ご紹介しましょう。

この文章を読んで引っかかりませんか? 「ファイルをMicrosoft Wordでしかレビューできない、翻訳対象コンテンツに精通している専門家や同僚」のところです。「ファイルをMicrosoft Wordでしかレビューできない」とはいったいどんな頑固者なのか。「ファイルをMicrosoft Wordでしかレビューできない」と「翻訳対象コンテンツに精通している」は並列可能なのか。
英語版のページを見ると、次のように書かれています。
http://www.translationzone.com/en/translator-products/sdl-trados-studio-freelance/default.asp#tab3

Review MadeEASY

With Studio 2011 reviewing documents and collaborating with other people to deliver the perfect translation is easier than ever before. Not only is collaboration possible with other Studio users but also with subject matter experts and other colleagues who can review your files simply by using Microsoft Word. Here are some of the highlights:

問題のセンテンスを区切りながら読むと、
Not only is collaboration possible with other Studio users(他のStudioユーザーとの共同作業だけでなく)
but also with subject matter experts and other colleagues who can review your files (翻訳したファイルをレビューしてくれる、その分野の専門家などとの共同作業も可能です)
simply by (その方法は簡単で)
using Microsoft Word.(MS Wordを使うのです)

という、非常にわかりやすい英文なのですが、日本語に訳すとなぜ、ああなってしまうのか。
実は、このような訳文は私のふだんの仕事でもたびたび遭遇します。念のため書いておきますが、ここでtranslationzone.comの文章を取り上げているのは、変な訳の指摘を趣味にしているからではありません。ふだんの仕事で遭遇する、ちょっと困った訳文と同じ傾向が現れているからであり、困らないようにするにはどうすればよいかを考えるために、サンプルとして使わせてもらっています(仕事で遭遇した文章をそのままブログに書くわけにはいきませんので)。
で、なぜ「ファイルをMicrosoft Wordでしかレビューできない、翻訳対象コンテンツに精通している専門家や同僚とも連携できるのです。」という日本語になってしまうかというと、ひとつは英文の主部の動詞を日本語の述語に持ってこようとしているからだと思います。collaboration is possibleのところですね。しかし、英文では初めの方に現れる動詞を、日本語では最後に持ってくるわけですから、無理が生じます。センテンスが短ければあまり問題にはなりませんが、長くなると、英文の最後に重要なことを言っているかもしれないのに、日本語訳ではその部分が埋もれてしまうので、アピールしたいポイントが見えにくくなります。「ファイルをMicrosoft Wordでしかレビューできない、翻訳対象コンテンツに精通している専門家や同僚」のあたりは、「who can review your files simply by using Microsoft Word」をひとまとまりの修飾と解釈した結果でしょうか。「でしか」はどこから来たのでしょう。simplyでしょうか。原文の単語を一つ一つ日本語の単語に置き換えるのが「忠実な訳」という考え方が未だに残っているのでしょうか。
こうやってWebサイトの形になったものを見てみると、いろいろな角度から2011について説明しているので、Not only is collaboration possible...の文章が言おうとしていることもすぐに理解できそうなはずですが、実際の翻訳作業のときはこういう形で原典を参照することはできなかったのかもしれません。ソフトウェアやWebサイトに限らず、最近は書籍のローカライズでもスケジュールが非常にタイトで、「お尻」だけ決まっているのになかなか原稿がフィックスしないということもあるそうですが、どこも大変ですね。