私の専門はIT(information technology)全般ということにしていますが、実際に来る仕事の内容は千差万別です。なかにはやや専門性の高い案件もありますが、先日そのような案件のときに翻訳会社から受け取った指示書に「訳語の選択に迷ったらWebで検索して多い方を云々」と書かれていました。翻訳について指導する立場の人でも、未だにそういう考え方をしているんですね。Googleの検索結果の件数なんて、Googleのキャッシュの中でGoogleの数え方で数えた結果にすぎないので、多いから正しいというものではありませんよね?
たとえば、私が先日ネタにした"あなたがサインアウトしてきました。"をGoogleで検索すると、結果は約328件と表示されます。"あなたがサインアウトしました。"を検索すると、一致する結果はないといわれます。この数字を見て、どちらの表現が適切かを判断する人はいないでしょう。その328件のほとんどは、「あなたがサインアウトしてきました。」いう変な日本語についてあれこれ発言しているページであり、自らこの表現を選んで使っている人はいないと思います。ちなみに、328件のうちかなりの部分が私のブログです。過去の日記であっても、サイドバーに最近の記事タイトルとして「あなたがサインアウトしてきました。」が表示されているので、Googleのクローラーが拾ったのでしょうか。
翻訳会社からのフィードバックに「〜することで」があった
英語のby ...ingがきっちり「〜することで」に修正されていました。この人たちの仕業だったか。
翻訳会社からのフィードバックがコテコテの逐語訳だった場合
スタイルガイドに「読みやすく訳せ」と書かれているのでいろいろ考えて訳したのに、逐語訳に戻されるとがっくりします。今さらそういうのに合わせたくないので適度に無視してますが、「チェッカ」の人たちは、そういう訳し方が体に染みついてしまってて何とも思わないんでしょうね。お客の好みに合わせるのがプロだと言う人もいますが、そんな逐語訳、だれが好むんだ? 法律や特許とかではなく、市販のソフトウェアの説明書なのですが。
フィードバックの意味
先日の日記で、なぜ妙な手法が流行するかが不思議だと書きましたが、一つ思い当たることがあります。それは翻訳会社(特に二次ベンダー)からのフィードバックです。「このクライアントは自社のことを『弊社』ではなく『我々』と呼ぶ」といった、クライアント独自の表記の指示があればもちろん従いますが、時には翻訳手法にまで踏み込んだ、ちょっとそれには従いたくないよなあと思う“フィードバック”がくることもあります。具体的にどういうのかというと、今までこの日記に書いてきたようなことです。翻訳会社の“チェッカ”は本当にそれでいいと思ってやっているのか。
たぶん、翻訳メモリー(TM)にそういう訳が入っていて、前から使われているのだからそれに合わせようという方針なのだと思います。あと、先日書いたような、中途半端なスタイルガイドの指示を機械的に当てはめたがる翻訳会社も困りものですが、無難に済ませたいという気持ちはわかります。クライアントの機嫌を損ねて仕事がなくなったら困りますし。だからといって、昔からの変な訳し方をいつまでも踏襲するのはどうかと思います。
言ってはなんですが、TMに入ってる訳なんて誰がレビューしたかわかりませんよ。10年ぐらい前ならともかく、今はマニュアルの訳をクライアント企業がフルレビューすることは少ないと思います。レビューしたとしても、その企業の製品のことも英語のことも翻訳のことも知り抜いた人間がクライアント企業内に何人いるか。MLVだってせいぜいサンプルチェックで、あとは二次ベンダーに丸投げしてることも多いのではないでしょうか。日本語を読んだだけで笑ってしまうような訳を放置してるくせに、枝葉末節的なことをあれこれ指摘されると、品質ってなんだっけと考えてしまいます。
そういえば以前、逆にこちらが翻訳会社の立場で、二次請けのベンダー宛てにフィードバックを書いたら、ことごとく「それは好みの問題だ」で済まされたことがあります。一読して意味がわからないのはエラーだと思ったのですが。考えかたも人それぞれですねえ。
peopleはいつから「ユーザー」になったのか
Googleの「Picasa 3.9 の新機能」というページ(http://support.google.com/picasa/bin/answer.py?hl=ja&answer=93773)で見かけた表現です。
Google+ のサークルと共有する -- Google+ に参加している場合は、Picasa 3.9 を使用して、Google+ で作成したサークルと直接共有することができます。サークルのユーザーの各自の Google+ ストリームに、あなたの写真や動画が表示されます。Google+ を使用していないユーザーにも Google+ のアルバムを表示するためのメールが届き、Google+ に参加しなくても表示することができます。
Picasaという画像管理ツールは、無料のわりになかなか便利なのでよく使っていますが、Google+は使っていないので、ここに書かれていることは私には関係ないといえばないことです。しかし、「サークルのユーザー」や「Google+ を使用していないユーザー」がどうもひっかかります。
英語版のページ(http://support.google.com/picasa/bin/answer.py?hl=en&answer=93773)を見ると、
Share to your Google+ circles -- If you've joined Google+, you can use Picasa 3.9 to share directly to the circles you've created in Google+. They'll see your photos and videos in their Google+ stream. People that don't use Google+ aren't left out. They'll get an email to view your album in Google+, and they don't have to join to do so.
となっています。自分がGoogle+で作ったサークルに入っている人を「サークルのユーザー」と呼んでいるようですが、その「ユーザー(user)」はいったい何を使って(use)いるのか? Google+を使っている人を指しているのか? でも「Google+ を使用していないユーザー」という表現もあります。Picasaのユーザーということか?
「サークルのメンバー」「Google+を使用していない人」でいいじゃないかと思いますが、なぜこうなったかを考えると、英日翻訳の仕事のときにありがちな指示を思い出します。
youは訳出しない。どうしても訳出する必要があるときは「ユーザー」などと訳す。
というやつです。あれを機械的に当てはめるとこうなってしまうのかもしれません。
このGoogleのWebページに限らず、ふだん私のところに回ってくるレビューの案件でも、「人」でよいところを「ユーザー」で「統一」しているケースをよく見かけます。翻訳者の多くは在宅フリーランスでバラバラに活動しているはずだし、オンサイトという形態でも訳出のしかたをいちいち相談したりはしないので(私の場合)、なぜこのような妙な手法が流行するのか、いつものことながら不思議です。