IT翻訳者の疑問

この業界に入って約20年。私の疑問は相変わらず解決しません。

visibleの日本語訳は「表示できる」しかないのか

sdltrados.comにある「フリーランス翻訳者のためのマーケティングアドバイス」というページに、次のようなテキストがありました。

このセッションでは、ウェブサイトのデザインやリンギストに必要なコンテンツのヒントのほか、シンプルなSEO手法を使用してウェブサイトをオンラインで表示しやすくする方法を紹介します。

 「個人翻訳者がウェブサイトを最適化するためのヒントやコツ 」というコンテンツの説明文ですが、「ウェブサイトをオンラインで表示しやすくする方法」とは?

英語版のページ(Marketing Advice for Freelance translators)を見てみると、この部分のテキストはこうなっています。

This session will show you easy tips for designing a website, what content to include for linguists and how to make your website more visible online by using simple SEO tactics.  

 要は、作ったウェブサイトをどうやって目立たせるかということですよね。この日本語を書いた人は「ウェブサイトをオンラインで表示しやすく」という表現を自分で書いていてなんとも思わなかったのだろうか。ウェブサイトをパソコンやスマートフォンの画面に表示するしくみの話ではありませんよね。

Microsoftが公開している用語集(https://www.microsoft.com/ja-jp/language)でも、visible borderという英語の用語に対応する日本語の用語は「表示される枠線」です。こういうのがあるから、「表示できる」以外の訳を使いづらくなったのかもしれません。違う訳を使ってエラーと判定され、その結果取引終了などとなったら、個人翻訳者はともかく翻訳会社としては大変なことになるので、無難な訳し方をするというのがわからないでもない。でも「ウェブサイトをオンラインで表示しやすく」はいくらなんでも変だし、だいたいSDLが自社サイトを日本語化するときに発注元の顔色をうかがう必要は何もないはずですよね。

大勢の翻訳者がかかわる実務翻訳では、スタイルや用語を統一することは確かに重要ですが、間違った訳のままで統一することがよいはずはありません。翻訳者は勇気をもって、日本語読者のために最適な訳を選ぶようにしてほしいものです。

 

ちなみに、visible/visibilityで自分のブログを検索してみたら、2007年に記事を書いていました。

jacquelinet.hatenablog.com13年もたったのに、この業界はあまり進歩していないのが残念です。

私がTradosに望むこと

繰り返し分節(repetitions)を自動的に処理することと、翻訳開始時に100%マッチであった分節がどれであるかを明確にすること。末端の翻訳者にとっては報酬に直接関係するので非常に切実なのですが、SDL社にとってはそうではないのでしょうか。

この辺りの機能は、Tradosが今のようなStudio形式になって10年以上たっても変わらないので、もうすぐリリースされるTrados 2021にも期待はしていませんが。(もしかして翻訳会社によってはTradosをうまく使って解決しているのでしょうか?)

繰り返し分節については、Idiom Worldserverの翻訳者用インターフェイスが非常によくできていて、2回目以降の出現箇所については翻訳者が何もしなくてもいいようになっていたと思います。一つのプロジェクトを複数の翻訳者が分担するときでも。SDLXでも、2回目以降の出現箇所は自動的に訳が入力され、その分節は翻訳完了とカウントされ、繰り返し分節であることが色でわかります。

Trados Studioではそうではありません。翻訳開始時に100%マッチだったのか、自分でTMに登録した訳文を引っ張ってきたのかの区別ができないし、2回目以降の出現箇所も確定しないと翻訳完了とカウントされない。そもそも繰り返しの2回目以降の出現箇所がひと目でわかるようになっていない。だから分担翻訳時に、繰り返し分節の報酬で新規翻訳させられることもある。このような、過去のソフトウェアの良いところがまったく反映されていないのがTrados Studioの残念なところです。

機械的なことをやってくれない機械翻訳

私のところに来る仕事も機械翻訳とは無縁ではなく、新規翻訳箇所にMTを適用したからその分ディスカウントなどということが当たり前となっています。時代の流れなのでしかたないですね。MTのポストエディットとして受注しているわけではないので、訳文はMTがなかったときと同じレベルにまで仕上げますが。

発注元(が使っているMTエンジン)にもよりますが、そのMTの出力がかなり使えることもあれば、そうでないこともあります。前者の場合も、文章として読んだときに手直し不要であっても翻訳作業のアウトプットとしては不完全なことがあります。例のスタイルガイドのおかげです。

「全角文字と半角文字の間にスペースを入れる」、「カタカナ複合語の単語間に区切り(スペースもしくは中黒)を入れる」といったルールに合わせて機械翻訳の出力に人間が手を加えているのですが、こういう作業はそろそろなくしても問題ないのではありませんか?

することで、することで

「搭載」と「することで」が2回ずつ使われていますが、書いている側は気にならなかったのでしょうか。「ライフスタイルやワークスタイル」も。

人はいつからユーザーになるのか

support.google.com

この記事の冒頭部分にある「ユーザー」は、英語版ではuserではありません。

support.google.com

Someoneをそのまま「誰か」と訳すにはいかないのでこうしたのだと推測されますが、そのsomeoneは「ユーザー」なのでしょうか?何の「ユーザー」? この記事の読者はGmailユーザーですが、その人が受け取るメールの送信者はGmailを使っているとは限らない。「他の人があなたにメールを送信する際に」ではいけないのでしょうか?

こういう例は最近よく見かけるのですが、この業界ではなぜか人を人と表現したがらないようです。スタイルガイドにある「youを『あなた』と訳出しない」という指示にきっちり従い、「あなた」の代わりに「ユーザー」を使うという習慣がずっと残っているのかもしれません。

 

 

英日翻訳の仕事をしている人はどこで翻訳の勉強をしたのか

私はIT業界から転職するにあたり、半年ほど技術翻訳の学校に通いましたが、そこで「頭から訳す」というやり方(「訳し下げ」という呼び方のほうがよいのでしょうか?)を教わりました。実際に翻訳の仕事をするようになってから、その「頭から訳す」を知らないと思われる人の訳を時々目にするのですが、他の人はいったいどうやって翻訳のしかたを学んでいるのでしょうか。
その「頭から訳す」を知らない人が翻訳者だったらまだしも、翻訳会社や発注元企業のレビュアーだったりするとやっかいです。こちらは「頭から訳す」のが最善と考えて訳文を仕上げたのに、LQAレビューでaccuracyのエラーと判定されてsuggestionとしてガチガチの「後ろから訳した」(訳し上げ)訳が入っているのを見るとがっくりします。それで引き下がってはいけないので反論しますけどね。
学校に行こうが行くまいが、翻訳者もレビュアーも英日翻訳のプロとしてやっていくレベルのスキルを身につけていれば問題ないのですが、なぜ業界内でこうもばらつきがあるのでしょうね。

なんでも確認

この業界では、なぜか変な訳し方が流行することがあるのですが、最近急に増えてきたのが「ご確認ください」です。私自身が最近請ける仕事では、製品の見込み客向けのWebコンテンツなどが多いのですが、TMの過去訳を見ると必要以上に「ご確認ください」が使われているのが目につきます。

私の仕事とは全く関係はありませんが、SDL TradosのWebサイトでも似たような例が見つかります。

http://www.sdl.com/jp/software-and-services/translation-software/sdl-trados-studio/features.html

製品概要

SDL Trados Studio 2017の新機能

このドキュメントをダウンロードして、SDL Trados Studio 2017に導入された新機能をご確認ください。

 

製品概要

SDL Trados Studio 2017の言語とフィルタ

このガイドをダウンロードして、SDL Trados Studio 2017で使用可能な言語とフィルタについてご確認ください。
 
製品概要

SDL Trados Studio 2014からSDL Trados Studio 2017へのアップグレードをお勧めする理由

最新バージョンのSDL Trados Studioへのアップグレードをお勧めする理由をご確認ください。

英語版を見てみましょう。

http://www.sdl.com/software-and-services/translation-software/sdl-trados-studio/features.html

Product Brief

What's new in SDL Trados Studio 2017

Download this paper to discover the new features introduced in SDL Trados Studio 2017.
 
Product Brief

SDL Trados Studio 2017 Languages and Filters

Download this guide for the languages and filters supported by SDL Trados Studio 2017.

 

Product Brief

Reasons to upgrade from SDL Trados Studio 2014 to SDL Trados Studio 2017

Discover the reasons why you should upgrade to the latest version of SDL Trados Studio.
1番目と3番目はDiscoverという動詞を「確認する」と訳すことにしたらしいのですが、2番目はそうでもなさそうです。「ご確認ください」という表現でそれらしい文章に見せるという手法なのでしょうか。でも、なぜ新機能やアップグレードする理由を確かめないといけないのか。まるで新機能やアップグレードする理由を知っていて当然と言わんばかりです。見込み客の立場からすると少々変な感じがします。
こういう文脈で、downloadやdiscoverという動詞を律儀に訳出する必要はあるのでしょうか。ここでいいたいのは、ダウンロードできるドキュメントの内容ですよね。日本語では「~のガイドです」、「~する理由を説明します」という文章にしてしまってもよいのではと思います。