IT翻訳者の疑問

この業界に入って約20年。私の疑問は相変わらず解決しません。

包括的な言語とは

「~するだけで済みます」の用例を探していて見つかったページの最後の部分に、このような文章がありました。

https://www.ibm.com/docs/ja/zos/2.5.0?topic=set-minimum-required-statements

IBM は包括的な言語の使用を尊重しますが、ユーザーの理解を維持するために、 IBMの直接の影響を受けない用語が必要になる場合があります。 他の業界リーダーが IBM に参加して包括的な言語の使用を受け入れるようになると、 IBM は引き続き資料を更新してこれらの変更を反映します。

これはいったい何の話をしているのでしょうか。英語版も見てみます。

https://www.ibm.com/docs/en/zos/2.5.0?topic=set-minimum-required-statements

While IBM values the use of inclusive language, terms that are outside of IBM's direct influence, for the sake of maintaining user understanding, are sometimes required. As other industry leaders join IBM in embracing the use of inclusive language, IBM will continue to update the documentation to reflect those changes.

「包括的な言語」とは「inclusive language」のことのようですが、この語句をそのままWeb検索すると、丁寧に解説しているページがいくつも見つかります。たとえば、次のようなページです。

people-and-culture-lab.rakuten.net

www.honyakuctr.com

このinclusiveという概念は、「包括的」あるいは「包摂的」という漢語よりもインクルーシブというカタカナ語のほうが通じやすいのではと思います。なぜなら「包括」は「ひっくるめて一つにまとめること。」、「包摂」は「ある範囲の中に包み入れること。」【出典: 大修館書店 明鏡国語辞典 第三版】であり、誰かを排除するexclusiveの対義語としてはちょっと違うような気がするからです。「包括的な言語」について、説明を加える余地があれば別ですが。

最初に引用した文章で言いたいことは、「IBMはインクルーシブな言葉遣いを尊重しているが、IBMの影響力が及ばない用語もユーザーの理解を保つために使わざるを得ないことがある」、つまり他社の非インクルーシブな用語がIBMのドキュメント内で使われることも時にはあるが、それはIBMからはどうにもできないという断りですよね。実際にあるかどうかはわかりませんが、仮にmaster/slaveという表現を未だに使っている他社製品との連携について述べている記事があったとして、その表現を変えてしまったらユーザーが理解できなくなるので、IBMとしては不本意ながらmaster/slaveという表現を自社の記事内に残すこともあるが、他の業界大手がIBMに賛同してその表現を改めてくれたらIBMはそれに合わせて自社の記事を更新するということでしょう。

ここで引用したページはマーケティングのコンテンツではなく、技術文書に分類されるものですが、それでも読者に向けて何を伝えたい文章なのかをよく理解して訳文を組み立てることは必要だと思います。