IT翻訳者の疑問

この業界に入って約20年。私の疑問は相変わらず解決しません。

MSスタイルガイドを改めて見てみた

少し時間が空いたので、Microsoftのランゲージポータル(https://www.microsoft.com/ja-jp/language/StyleGuides)で公開されている日本語スタイルガイドを久しぶりにダウンロードしてみました。たびたび更新されているようで、ダウンロードしたバージョンは「Published: February, 2019」となっています。
MSスタイルガイドには、半角文字と全角文字の間のスペースとかカタカナ複合語間のスペースのことだけが書かれているわけではなく、冒頭の「1 About this style guide」に続いて「2 Microsoft voice」というセクションがあります。Microsoft voiceというコンセプトが導入されたのはいつだったか忘れましたが、もう10年ぐらい経っているのではないでしょうか。Microsoftのvoiceの原則は次の3つです。

• Warm and relaxed: We’re natural. Less formal, more grounded in honest
conversations. Occasionally, we’re fun. (We know when to celebrate.)
• Crisp and clear: We’re to the point. We write for scanning first, reading second. We make it simple above all.
• Ready to lend a hand: We show customers we’re on their side. We anticipate their real needs and offer great information at just the right time.

これはローカライズ作業だけに適用されるものではなく、英語のコンテンツもこれに基づいて執筆されているそうです。
日本語へのローカライズに関する記述で注目したいのは、「2.1 Choices that reflect Microsoft voice」の次の部分です。

Because Microsoft voice means a more conversational style, literally translating the source text may produce target text that’s not relevant to customers. To guide your translation, consider the intent of the text and what the customer needs to know to successfully complete the task.

逐語訳では読者の役に立たないこともあるので、原文の意図を理解して、読者が知りたいことを的確に伝えよということですね。当たり前と言えば当たり前ですが。

Microsoftがmanagedの訳を「マネージド」に変更していた

https://www.microsoft.com/ja-jp/languageで「managed」と入力して検索すると、「マイクロソフト用語集」の検索結果が表示され、その中にmanagedの日本語訳として「マネージド」があります。かつては「マネージ」だったのに、いつ宗旨替えしたのだろう。

jacquelinet.hatenablog.com

英語の新しい用語を適切に表現する日本語の言葉が見つからないときの、音訳の規則はあるのだろうかというのが長年の疑問でしたが、傾向としては言いやすいものが選ばれているようですね。でもmanagedはmanageとは意味が違う言葉なので、「マネージ」でなくなったのはよいことです。ほんとうはカタカナ語でない言葉にすべきですが。

ちなみに、上記のMicrosoftランゲージポータルで簡体字中国語の訳を調べると、managed=「托管的」または「托管」となっています。manageは「管理」だから区別されていますね。韓国語ではManage=「관리」、managed=「관리」で、こちらは今のところ区別がないようです。

新しいMicrosoft Edgeの宣伝文

PCでEdgeブラウザーを起動したら「新しい Microsoft Edge へようこそ」(https://microsoftedgewelcome.microsoft.com/ja-jp/)という画面が表示されました。そのすぐ下には、こう書かれています。

さらに充実した機能をご確認ください。閲覧時のプライバシー、生産性、価値を向上させつつ、世界最高峰のパフォーマンスを提供します。

英語版のページも見てみました。(https://microsoftedgewelcome.microsoft.com/en-us/

It's time to expect more. World-class performance with more privacy, more productivity, and more value while you browse. 

 最初の「It's time to expect more.」という文の翻訳は、技術文書を主に手がける翻訳者にとっては難しいですよね。こういう文章の翻訳が得意な人に、ここだけお願いするわけにもいかないし。次の文の構造はこれでよいのでしょうか。日本語版のページでは、新しいEdgeの特長は「世界最高峰のパフォーマンス」ということになりますが、英語版ではWorld-class performance withが文の先頭にあり、その後にmore privacy, more productivity, and more valueが続いています。例の法則に当てはめて考えると、強調したいのはこちらではないでしょうか。このページの本文が「プライバシー」「パフォーマンス」「生産性」「価値」「ヒント」というセクションに分かれていますし。最初の文のexpect moreが意味するのは、パフォーマンスだけでなくmore privacy, more productivity, and more valueをこのブラウザーに期待していいですよということではないでしょうか。

 

visibleの日本語訳は「表示できる」しかないのか

sdltrados.comにある「フリーランス翻訳者のためのマーケティングアドバイス」というページに、次のようなテキストがありました。

このセッションでは、ウェブサイトのデザインやリンギストに必要なコンテンツのヒントのほか、シンプルなSEO手法を使用してウェブサイトをオンラインで表示しやすくする方法を紹介します。

 「個人翻訳者がウェブサイトを最適化するためのヒントやコツ 」というコンテンツの説明文ですが、「ウェブサイトをオンラインで表示しやすくする方法」とは?

英語版のページ(Marketing Advice for Freelance translators)を見てみると、この部分のテキストはこうなっています。

This session will show you easy tips for designing a website, what content to include for linguists and how to make your website more visible online by using simple SEO tactics.  

 要は、作ったウェブサイトをどうやって目立たせるかということですよね。この日本語を書いた人は「ウェブサイトをオンラインで表示しやすく」という表現を自分で書いていてなんとも思わなかったのだろうか。ウェブサイトをパソコンやスマートフォンの画面に表示するしくみの話ではありませんよね。

Microsoftが公開している用語集(https://www.microsoft.com/ja-jp/language)でも、visible borderという英語の用語に対応する日本語の用語は「表示される枠線」です。こういうのがあるから、「表示できる」以外の訳を使いづらくなったのかもしれません。違う訳を使ってエラーと判定され、その結果取引終了などとなったら、個人翻訳者はともかく翻訳会社としては大変なことになるので、無難な訳し方をするというのがわからないでもない。でも「ウェブサイトをオンラインで表示しやすく」はいくらなんでも変だし、だいたいSDLが自社サイトを日本語化するときに発注元の顔色をうかがう必要は何もないはずですよね。

大勢の翻訳者がかかわる実務翻訳では、スタイルや用語を統一することは確かに重要ですが、間違った訳のままで統一することがよいはずはありません。翻訳者は勇気をもって、日本語読者のために最適な訳を選ぶようにしてほしいものです。

 

ちなみに、visible/visibilityで自分のブログを検索してみたら、2007年に記事を書いていました。

jacquelinet.hatenablog.com13年もたったのに、この業界はあまり進歩していないのが残念です。

私がTradosに望むこと

繰り返し分節(repetitions)を自動的に処理することと、翻訳開始時に100%マッチであった分節がどれであるかを明確にすること。末端の翻訳者にとっては報酬に直接関係するので非常に切実なのですが、SDL社にとってはそうではないのでしょうか。

この辺りの機能は、Tradosが今のようなStudio形式になって10年以上たっても変わらないので、もうすぐリリースされるTrados 2021にも期待はしていませんが。(もしかして翻訳会社によってはTradosをうまく使って解決しているのでしょうか?)

繰り返し分節については、Idiom Worldserverの翻訳者用インターフェイスが非常によくできていて、2回目以降の出現箇所については翻訳者が何もしなくてもいいようになっていたと思います。一つのプロジェクトを複数の翻訳者が分担するときでも。SDLXでも、2回目以降の出現箇所は自動的に訳が入力され、その分節は翻訳完了とカウントされ、繰り返し分節であることが色でわかります。

Trados Studioではそうではありません。翻訳開始時に100%マッチだったのか、自分でTMに登録した訳文を引っ張ってきたのかの区別ができないし、2回目以降の出現箇所も確定しないと翻訳完了とカウントされない。そもそも繰り返しの2回目以降の出現箇所がひと目でわかるようになっていない。だから分担翻訳時に、繰り返し分節の報酬で新規翻訳させられることもある。このような、過去のソフトウェアの良いところがまったく反映されていないのがTrados Studioの残念なところです。

機械的なことをやってくれない機械翻訳

私のところに来る仕事も機械翻訳とは無縁ではなく、新規翻訳箇所にMTを適用したからその分ディスカウントなどということが当たり前となっています。時代の流れなのでしかたないですね。MTのポストエディットとして受注しているわけではないので、訳文はMTがなかったときと同じレベルにまで仕上げますが。

発注元(が使っているMTエンジン)にもよりますが、そのMTの出力がかなり使えることもあれば、そうでないこともあります。前者の場合も、文章として読んだときに手直し不要であっても翻訳作業のアウトプットとしては不完全なことがあります。例のスタイルガイドのおかげです。

「全角文字と半角文字の間にスペースを入れる」、「カタカナ複合語の単語間に区切り(スペースもしくは中黒)を入れる」といったルールに合わせて機械翻訳の出力に人間が手を加えているのですが、こういう作業はそろそろなくしても問題ないのではありませんか?