IT翻訳者の疑問

この業界に入って約20年。私の疑問は相変わらず解決しません。

違和感のある仮定形(「~すれば」」

翻訳ものの文章を読んでいて、「~すれば」「~行えば」という仮定形の使われ方に違和感を持つことが最近増えてきたように思います。

https://www.trados.com/jp/solutions/terminology-management/

用語集管理を行えば、明確な使用ルールを決めて用語を整理できるため、効果的で正確な翻訳が実現します。つまり、訳文の中で正しい用語を使用できます。

https://www.trados.com/solutions/terminology-management/

Terminology management allows you to achieve effective and accurate translations by organizing these terms with a clear set of rules for their usage; this ensures that the correct term is used within a translation.

 

https://www.trados.com/jp/products/trados-studio/professional/features.html

オフィスで、自宅で、移動中に。Trados Liveなら、翻訳、レビュー、プロジェクト管理がどこでも可能になります。当社の新しいクラウドソリューションは、オンラインでもオフラインでも作業できる柔軟性のほか、プロジェクトリソース用のセキュアなストレージも備えています。Trados Studio 2021とTrados Liveを組み合わせれば、チームメンバーはどこにいるときも高品質な翻訳を提供できます。 

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In the office, at home or on the move. Translate, review and manage projects wherever you are with Trados Live. Our new cloud solution provides the flexibility to work online or offline, plus secure storage for project resources. By combining Studio 2021 with Trados Live, your team can produce high-quality translations, wherever they are. 

なんとなくぞんざいな感じがすること以外に、自分ではこういう表現を使いたくない理由を考えてみました。文法的には問題ないんですけどね。「XすればYになる」という形で、条件とその条件が満たされたときに成立する事項を述べるという使い方もできます。

この「ば」の使い方について、『日本語文型辞典』で調べていたら、仮定条件を表す「ば」は、XがYを成立させるための必要十分条件であるときに用いられるという記述がありました。

つまり、「用語集管理を行うだけで効果的で正確な翻訳が実現する」、「Trados Studio 2021とTrados Liveを組み合わせるだけでチームメンバーはどこにいるときも高品質な翻訳を提供できる」と解釈されることに引っかかっていたのかもしれません。

 

MSの「完全に人間翻訳されたドキュメント」

このようなツイートを見かけたので、リンク先のページ(Windows Subsystem for Linux に関するドキュメント | Microsoft Docs)を見てみました。冒頭の文章で「Windows Subsystem for Linuxとは?」を説明しているようです。

LinuxWindows サブシステムを使用すると、開発者は、従来の仮想マシンまたはデュアルブート セットアップのオーバーヘッドなしで、ほとんどのコマンドライン ツール、ユーティリティ、アプリケーションなどを含む GNU/Linux 環境を、変更せずに Windows 上で直接実行できます。

「英語で読む」をクリックするとこのように表示されます。

Windows Subsystem for Linux (WSL) lets developers run a GNU/Linux environment -- including most command-line tools, utilities, and applications -- directly on Windows, unmodified, without the overhead of a traditional virtual machine or dual-boot setup.

ほんとうに人間が翻訳したのでしょうか。Windows Subsystem for Linux (WSL) lets developers run a GNU/Linux environment directly on Windowsという骨格の部分がわかりにくくなっているのですが。

Microsoft Bingの翻訳ツールで翻訳してみましたが、固有名詞の訳し方も含めてあまり違いはないようです。

LinuxWindows サブシステム (WSL) を使用すると、開発者は、従来の仮想マシンやデュアル ブートセットアップのオーバーヘッドなしに、Windows 上で直接、変更せずに、ほとんどのコマンドライン ツール、ユーティリティ、およびアプリケーションを含む GNU/Linux 環境を実行できます。

Google翻訳でも翻訳してみましたが、原文のダッシュではさまれた部分をかっこに入れていますね。

Windows Subsystem for Linux(WSL)を使用すると、開発者は、従来の仮想マシンデュアルブートセットアップのオーバーヘッドなしに、GNU / Linux環境(ほとんどのコマンドラインツール、ユーティリティ、アプリケーションを含む)を変更せずにWindows上で直接実行できます。

ちなみにDeepLでも翻訳してみました。

Windows Subsystem for Linux (WSL) は、開発者がGNU/Linux環境(ほとんどのコマンドラインツール、ユーティリティ、アプリケーションを含む)を、従来の仮想マシンデュアルブートセットアップのオーバーヘッドなしに、変更せずに直接Windows上で実行できるようにするものです。

人間が翻訳する以上は、機械の良いお手本になるようにしたいものですね。

「これにより皆さんによりお使いいただきやすく」

この業界ではなぜ「~により」という表現が相変わらず好まれるのでしょうか。13年前にもネタにしましたが(https://jacquelinet.hatenablog.com/entry/20080926/p1)、文章が整った気分になるのかもしれません。trados.comの中だけでも最近の用例がたくさん見つかります。

 

https://www.trados.com/jp/landing/lsp/translation-agency-reasons-to-upgrade.html

世界で最も広く利用されている翻訳支援ツールの最新バージョン、Trados Studio 2021へアップグレードすると、柔軟かつ新しい方法により、高品質の翻訳をすばやく作成できます。また、使用方法は短期間で習得できます。 

また、ヘルプ機能やガイダンスにより Trados Studioの使用方法も習得しやすくなっています。初心者ユーザーと熟練ユーザーの両方が、Studioの優れた機能を活用することで、これまで以上に迅速に、自信を持って高品質な翻訳を提供できるようになります。 

Trados StudioのクラウドベースのTrados Liveにより、あらゆるデバイスで柔軟に作業 

翻訳品質評価(TQA)の強化により、レビューがスムーズかつ迅速化 

 

https://www.trados.com/jp/blog/how-to-use-sdl-community.html

これまでRWS Community のUIはすべて英語での表示でしたが、このたび、日本語でのガイドページをご用意しました。これにより皆さんによりお使いいただきやすくなったかと思います。 

こちらは翻訳ものではなさそうですが、「皆さんによりお使いいただきやすく」の「より」は「よって」とも「いちだんと」とも解釈されますよね。

「行えます」の違和感

Trados Studio 2021 - よくある質問 というページからの引用です。

Trados Studio 2021

Trados Studioは、翻訳をまったく新しい方法で作業できるように進化を遂げています。Trados Studio 2021は、革新的なクラウドベースの新しい翻訳・プロジェクト管理環境であるTrados Liveとシームレスに統合されているため、オフラインでのデスクトップツールでも、クラウド上でも作業できます。そのため、いつでもどこでも、どのデバイスからでも柔軟に作業を行えます。 

最後の「柔軟に作業を行えます」は、自分だったらまず使わない表現ですが、なぜかを考えてみました。まず、話し言葉としてのバランスが悪いような感じがします。仮にこれが製品説明会用の原稿だとすると、こういう表現で聞き手に話しかけるでしょうか?

明鏡国語辞典で「行う」を調べると、「使い方」のセクションに「行う」と「する」では「行う」のほうが重々しく、文章を堅苦しくするという説明があります。私がふだん受注する英日翻訳の案件では、「あまりくだけた表現を使わない」という指示がある一方で「『行う』をむやみに使わない」という指示もあったりします。「作業を行う」は冗長だから「作業する」にしろ、という意味だと思いますが。

そうはいっても、作業できるかどうかではなく、作業をどう行うかに重点が置かれているときは、「作業をいつでもどこでも、どのデバイスからでも柔軟に行うことができます」という使い方をすることはあります。そうすると、することができます警察が飛んできたりするんですよね。本当に面倒くさい。

最初の例に戻ると、「そのため、いつでもどこでも、どのデバイスからでも柔軟に作業できます」でいいのではと思いますが、これだと「くだけすぎ」に見えるのでしょうか。

一応英語版も見てみましょう。(https://www.rws.com/localization/products/trados-studio/faqs/

Trados Studio has evolved to bring you a brand new way to work. With Studio 2021's seamless integration to our new innovative cloud-based translation and project management environment, Trados Live, you can now work either offline in your desktop tool or in the cloud. This provides you with the flexibility to work anywhere, from any device and anytime. 

文末に焦点が来ているので、日本語でもそれを強調したほうがいいのではないでしょうか。

プラントベース給食

動物性食品を使わない給食を最近ではこう呼ぶそうです。初めて聞いたときは「工場ベース」かと思いました。また新しいカタカナ語を勝手に作って……ということではなく、英語圏のplant-basedという表現を輸入したもののようです。私の業界では「お客様がカタカナ語を嫌う」などと言われてあれこれ日本語での表現を考えるのに時間を費やしたりすることもありますが、実世界ではそんなことをする暇もなくそのまま日本語に取り込まれているのですね。

英和辞典でplantという単語を調べると、「植物」の意味と「設備」の意味で見出し語が分かれているわけではないのですね。「しっかり植える」から派生したということでしょうか?

ちなみに私自身は肉も魚もありがたくいただいています。畜産に問題がないとは言いませんが、代わりのたんぱく質をすべて植物から取ろうとしたらそれはそれでいろいろ不自然な点も増えてくるかと思います。

IT企業はマーケティングコンテンツの日本語ローカライズにどれだけ力を入れているのか?

MicrosoftWindows 11のリリースが10月5日に決定したそうです。あと1か月ちょっと、意外と早いですね。Windows 10のサポート期間中はあわててアップグレードしなくてよいかなと思っていますが。

これがどういうOSなのかを知るには、MSのサイトを見るのがよいと思います。

www.microsoft.com

FAQに「Windows 10と比べてどこが違うのか」という質問への答えがありますが、なんだか抽象的ですね。

Windows 11 は Windows 10 と同じパワーとセキュリティを備えていますが、デザインを刷新し、装いが新たになりました。また、新しいツールやサウンド、アプリが加わりました。細部にまでこだわったデザインです。これらが統合され、お使いの PC に新たなエクスペリエンスをお届けします。

このページはしばらく前からあったと思いますが、ざっと見た感じでは、テキストについてはどこかのベンダーに翻訳を外注して上がってきたものに社内で手を加えたのかと思います。なぜなら文章の仕上がりが雑だから。

Windows 11を標準搭載したモデルはもちろん、Windows 11 の提供が開始されたときに無料でアップグレードできる Windows 10 PC もございます。

少なくとも日本国内の翻訳会社だったら、MSスタイル指定の案件を受注したら全力で半スペチェックするので「Windows 11を標準搭載」や「あなたにぴったりのPC」のような表記が残ったりはしないと思います。

Windows 11 のリリースは、2021年後半を予定しています。ご興味のある方は、それまでの間にご準備を始めて下さい。

「始めて下さい」は、普通は「始めてください」ですよね。

お使いの PC が Windows 11 を動作するために必要な要件を満たしているかどうかは、こちらのチェックアプリでご確認頂くことができます。互換性の確認がとれれば、提供時に無料でアップグレードができます。

「ご確認頂く」も「ご確認いただく」じゃないかなあ。「Windows 11 を動作するために必要な要件」という日本語も、翻訳会社のチェッカーが見逃すだろうか。

MSスタイルなら入っているはずのスペースが抜けている箇所があるかと思えば、妙に間が空いて見える箇所もあります。

Windows 11 を搭載した PC は今年後半に発売される予定です。

「搭載した」と「PC」の間に全角スペースがあるのですが、このWebページを公開するときに誰もチェックしなかったのでしょうか。

Microsoft Edge と新たに用意されたウィジェットで、興味のあるニュースやエンターテイメント情報をすぐに見られます。2 新しくなった Microsoft Store では、使いたいアプリやお気に入りの番組がより簡単に見つかられるようになりました。

「見つかられるように」というタイポもそのままだし。

Windows 11 では、やりたいことに集中できる、落ち着いた雰囲気のクリエイティブなスペースをご用意しています。 スタート メニューを刷新し、連絡を取りあう人々やニュース、ゲーム、コンテンツとつながる新しい方法をご提案。 Windows 11 は、ごく自然に考える、表現する、あるいは創り出す場所となります。

この辺の文章も、「ご提案。」という体言止めに工夫の跡が見られるものの、Appleだったらもっと表現を練るのではないかと思います。私は信者でもなんでもありませんが。

ちなみに英語版です。(https://www.microsoft.com/en-us/windows/windows-11)

Windows 11 provides a calm and creative space where you can pursue your passions through a fresh experience. From a rejuvenated Start menu to new ways to connect to your favorite people, news, games, and content—Windows 11 is the place to think, express, and create in a natural way.

この雰囲気を保ったまま日本語にするのは難しいのでしょうか。最後のin a natural wayをもう少し強調してもよいのではと思います。

東京パラリンピックは中止できないのか?

開会式まで1週間を切っているタイミングで中止するのは現実的でないでしょう。選手と関係者は既に入国して各地で事前合宿し、選手村への入村も始まっている。中止するから今すぐ帰国してくださいといってもフライトの手配だけでも大変だと思いますよ。何より、障がい(表記は日本パラリンピック委員会に合わせています)を持つ人々の活躍の場を奪っていいのかという問題があります。

www.jsad.or.jp

ではオリンピックも中止すれば公平にできてよかったでしょうか。7月18日の東京都福祉保健局からの発表は「現在の重症者は58人、本日の患者の発生状況は1,008人」でした。7月初めぐらいから増加傾向にあったわけですが、「都民の感染対策が甘く、要請を無視して好き勝手に行動した結果蔓延してしまったので」という理由はちょっと恥ずかしいかなと思います。ほんとにこの1か月、なんとかできなかったのでしょうか。