IT翻訳者の疑問

この業界に入って約20年。私の疑問は相変わらず解決しません。

日本市場向けローカライズは他市場向けより手間がかかると言われる理由

先日ネタにした、Microsoft Azureのトップページ(https://azure.microsoft.com/ja-jp/)のメッセージが日本語に訳されていました。数日前に見たとき、目立つタイポがあったので修正されるのかなと思って様子を見ていたのですが、まだそのままです。

英語版ページ(https://azure.microsoft.com/en-us/)の「Be yourself: Innovate with your favorite tools, in any environment」というメッセージがどう日本語で表現されるか、楽しみにしていたのですが、思いもよらない形に仕上がっていました。

この英語のメッセージを分解すると

  • Be yourself: 
  • Innovate 
  • with your favorite tools, 
  • in any environment

となりますので、各部分を訳して一つの文として組み立てればいいのですが、「Innovateしましょう」という呼びかけのメッセージがなぜ

自分らしく: あらゆる環境で、お気に入りのツールで生み出すイノベーション

という名詞句になってしまうのでしょう。

他の言語のページも見てみました。

フランス語:https://azure.microsoft.com/fr-fr/

Soyez vous-même : innovez avec vos outils préférés, dans n’importe quel environnement

ヨーロッパ言語だとだいたい同じ構造でいけるのですね。

中国語(中国):https://azure.microsoft.com/zh-cn/

成为你自己: 在任何环境中,使用最喜欢的工具进行创新

中国語(台湾):https://azure.microsoft.com/zh-tw/

做自己: 在任何環境中使用您最愛的工具進行創新

「In any environment」に相当する部分が先頭に来ているのは文法上の都合でしょうか。あなたの好みの工具を使って創新を進行しましょう、ということで原文に忠実といえるかと思います。

英語のinnovateという動詞は訳しにくいのですが、イノベーションというカタカナ語はある程度浸透しているので、これを使うというのはよいアイデアだと思います。しかし「イノベーション」は名詞なのでそのままでは読者への呼びかけになりません。したがって動詞を補う必要があるのですが、中国語では中国・台湾ともに「進める」が使われていますね。「生み出す」ではどうかというと、innovateの意味は「to introduce new things, ideas or ways of doing something」(innovate verb - Definition, pictures, pronunciation and usage notes | Oxford Advanced Learner's Dictionary at OxfordLearnersDictionaries.com)なんですよね。イノベーション自体が「新しい物事を生み出す」なので、それを「生み出す」のはちょっと変です。

あとin any environmentについてですが、またかという感じです。なぜ日本語訳では「どの環境でも」ではなく「あらゆる環境で」になってしまうのか。フランス語のn’importe quelは「どんな~でも」だし、中国語の「何」は、中日辞書によれば疑問代詞で「何、どんな」といった意味があるようです。

10年以上前のことだと思いますが、日本語(日本市場)へのローカライズは他市場に比べて手間がかかる、なぜなら要求レベルが高いからだという話を聞いたことがあります。普通に訳すと翻訳臭くなるから自然な日本語にするのは大変、というのはわかりますが、こんな感じの文章に仕上げようとしたら手間暇かかるのも無理はありませんよね。英文のメッセージをそのまま日本語で伝えてはいけないというルールでもあるのでしょうか。